Saturday, June 30, 2007

休日のピアノ

慌ただしい1週間が過ぎて週末です。木曜金曜と小学部の宿泊学習で泊まり勤務で、家に帰ると家事の山! 朝から洗濯を2回してサンルームで干していると、となりの家からピアノの音が聞こえてきました。私も小学生の頃弾いた曲で、曲も曲集も思い出せませんが、弾こうと思えば今でも指が動くくらい好きで練習しました。きっと『バイエル』です。続いてバッハのメヌエット。もどかしい弾き方がなんとも愛おしい。ピアノが好きになってほしいと願わずにいられませんでした。

今朝は洗濯機を回しながら先週放送のNHKの「週間ブックレビュー」を録画で観ていました。ゲストの「おすすめの1冊」で、村上春樹訳、レイモンド・チャンドラーの『ロンググッドバイ』(早川書房 2007)が取り上げられて興味深いコメントがいくつかあって活字にますます惹かれていくのでした。携帯の手続きの待ち時間に読んだのはやはり村上春樹訳、レイモンド・カーヴァーの『大聖堂』(中央公論新社 2007)です。今日は村上春樹の訳が身近に思われてなりませんが、レイモンド・カーヴァーの世界に抗い難い引力を感じます。待ち時間が濃密な時間となりました。

携帯のキャリアをMNPで換えました。キャリアによって特定のエリアが切れやすくなるのは仕方のないこと。それだけで性能を云々するわけにはいきませんが、古巣に戻って使い勝手はぐんとよくなって「満足度1位」は納得です。新しい携帯といっても1年以上前のモデルで量販店の在庫のラスト1台でした。防水、対衝撃で、色はオレンジです。旧いモデルなので対応メモリーカードの容量が512MBだったりワンセグ非対応だったりとしますが、電波の安定度、処理速度の速さ、通信速度の速さなど、同じ3Gとは思えないくらいです。ところが、そんな今日はアメリカのiPhone発売が報じられてちょっと複雑な心境です。日本での発売は来春だとか。携帯でMacOSがあんなに走るとは驚きですが、キャリアはどこになるのか、それが気になります。

Wednesday, June 27, 2007

豚肉と野いちご

深夜、といっても11時過ぎからカレーを作りました。このところハヤシに凝っていたので今夜はさすがにカレーです。どちらも帰りが遅くても温めるだけでOK! ニンニクとたっぷりのオリーブオイルを弱火でゆっくり温めてから野菜を入れます。ローレルの葉っぱを大きくちぎって入れて、スパイスはめんどうなのでオールスパイスを使います。ルーを使っても工夫すればそれなりの出来になろうというもの。朝までゆっくり冷まして冷蔵庫に入れておきます。そうそう、今日はポークカレーで豚肉のブロックを包丁で薄く切りました。ピンクと白い脂肪のコンビネーションがとてもきれいでした。

先週の続きになりますが、今私が使っているテキストエディタはSmultronというフリーソフトです。Smultronとはスウェーデン語で「野いちご」の意味らしく、その発音すらわかりませんが使い勝手は上々です。英語のサイトからダウンロードしましたがいきなりの日本語表記で入力も今のところ問題ありません。Windows同様テキストエディタはプログラム開発やHtml編集のために開発されたものですがただの物書きにも重宝しています。お洒落なデザインでMacOSXとお似合いです。アイコンはいちごを真上から見たイラストで、そうと言われなければスウェーデン語を知らない限りいちごとは思えません。いちごを真上から見るという発想がすごく面白い。機能面ではタブのクリックで複数の文書を瞬時に行き来できるところもいい。使いやすいエディタです。

Saturday, June 23, 2007

「知子の情報」の卓見

昨日、職場でファイル管理の話をしていて「知子の情報」というアプリケーションソフトを思い出しました。このソフトはWindows3.1か95の頃発売されたもので、とにかく古いのですが、しばしば気になっていました。名前が少々あやしいけど、文書管理と検索にかけては「卓見」といえるアイデアが盛り込まれているように思います。思う、というのは、使いかけて間もなくLavieが壊れ、それからMacを使いだしたのでWindows専用のソフトが使えなくなって「知子の情報」を云々するまで使い込んでないからです。弁護士や大学教授に人気があるとか。このソフトはテキスト情報を1つのファイルにまとめてしまうところが卓見に値する。そのファイルはときとして膨大になるが、テキストの検索はコンピュータにとってはお手ものもだ。このブログも1年1ファイルでどんどん書き足しています。行数こそかなりありますが、ところどころに日付や簡単な見出しを入れておけば検索機能を使わなくても探している記述はすぐ見つけることができます。そもそも時系列は人がもっとも得意とする記憶の構造化です。1件1ファイルの管理との使い分けが肝要かと思います。

今日は朝から夜まであちこち移動していくつかの用を済ませてきました。夜はオプションですが、レンタルショップに寄ってTOTOのベストアルバムをレンタルして来ました。すごくなつかしいけど録音が旧くていまひとつで残念。音の分離、定位、ダイナミクス、抜け切らない音質そのものと、“聴き替え”をしながら聴くことになります。四半世紀も前の録音だからこんなのかなと思いますが、先日亡くなったZARD坂井和泉のCDも同じような印象です。ZARDの曲はリミックスをしてほしいところですがこれは好みかも知れません。

Thursday, June 21, 2007

吉田秀和と加藤周一

今日の朝日新聞の朝刊に吉田秀和の「音楽展望」がありました。はて、こうした批評は夕刊の文化欄のテリトリーではなかったのかと思いますが、夕刊の購読数がかなり減って来ているようで朝日は朝刊に引越させたのかも知れません。今日の見出しは「理のある演奏 解釈尽くし奏法追求 新しく美しく蘇る曲」です。彼の音楽批評はいつもコンテンポラリー(同時代)というスタンス、最前線に身を曝す言葉が整然と並んでいて緊張感があります。今日も時事評から入っています。冒頭で加藤周一の名前を見つけて私は重い文章を一気に読み通しました。「例えば、加藤周一さんのコラム。彼はー特に近年は、世の流れに逆らっても、信じるところを主張する。彼は常に知の限りをつくして「理」を説く。」吉田秀和も加藤周一も著書は座右のものでした。加藤周一の『羊の歌』『続羊の歌』(岩波新書)は時が経つのを忘れて何度も読み返したものだ。このふたりがこうしてマスメディアに名前を連ねていること自体が心強い。

職場にWindows Vistaが入って少しずつ触っています。モニタは鏡面タイプで、デザインで頑張ったVistaはその魅力をアピールしています。直感的に安定感があるOSです。XPが安定感でかなりいいところまでできていたのでここしばらくは買い替え需要はないと思いますが、手持ちのXGシステムが動くなら1台はほしいところです。

Wednesday, June 20, 2007

俳句

今日の朝日新聞の朝刊に「千の風になって」の6段抜きの特集記事がありました。その中の宗教関係者と宗教学の大学教授のコメントにいささか違和感を覚えました。死生観は多様であり、その多様な死生観を受容する宗教であってほしいと思っています。

「黛まどかの俳句でエール」のメルマガを毎日読むようになって俳句が身近に感じられるようになってきています。俳句が「第二芸術」だと反発していた大学1年の頃、吉屋信子が「歌人に比べて俳人は破滅型の人生を歩む人が多いようだ」というようなことを本に書いていて、それも俳句を遠ざけていた理由のひとつでした。それから30年、発達障がいの子どもたちの認知の仕組みを理解しようとする勉強のプロセスで、俳句という自己表現の形とどこか共通するところがあるように思えてきました。俳句は文脈の断面を短い言葉で見せてくれます。言葉で見せる、この認知の構造は視覚的で、“Picture Thinking”だと思う。ネットで探した黛まどかの句集『夏の恋』(学研 1996)が今日届きました。ハッセルとRDPの組み合わせと思しき沢渡朔の写真も印象的で、奥書に「俳句写本」とあります。このような俳句の在り様もいい。だけど、私は俳句を作ろうとは思わない。ひたすら長い文章を書きたくなります。不思議なものだ。

こんな事を書きながら、今夜は尾崎豊を聴く。

Saturday, June 16, 2007

池袋の高速バスターミナルで

朝からアテンザの洗車をしました。今日は掃除機で車内の砂も取ってさっぱりしました。フロントバンパーはますますキズが増えて高速通勤140kmの勲章です。走行距離は金曜日に9万kmを超えましたが不具合は全くありません。よく走って頼もしい限りです。

アテンザの洗車をしていて、なぜか、昨年の夏、池袋の高速バスターミナルで出会った父子のことを思い出しました。夜11時に子どもの姿を見かけることがそもそも“ない”ことですが、5歳くらいのその男の子は発達につまずきがある子で、私は目が離せなくなりました。どうしてこんな時間に父と子がここにいるのだろう・・・歩道の路上ライブの前に座って、バックパックに手を入れてちぎったパンが歩道に落ちて、それを子どもに食べさせようとして・・・そんな光景が私の胸を締めつけました。どうしようもない現実なのだろうか・・・その父子に何もできない自分に無念さだけが残りました。“美しい国”には程遠い現実が多々ある。

NHK-BSは72時間ニューヨーク特集で、ロッド・スチュワートのライブもありました。今年、彼は62歳です。歌声も立ち居振る舞いも若い! 奏でる音楽はますます磨きがかかって素敵だ。こんなふうに歳をとりたいものだ。

Friday, June 15, 2007

150円のタオルセット

今週の木曜日〜金曜日は中学部の宿泊学習で三重県立鈴鹿青少年センターに行って来ました。よく考えるとそこは私が高校の頃利用した記憶があって、その頃壁に掛かっていた般若心経の織物が、だから30年間ずっとそこにあります。総合研修館とよばれる体育館のようなホールのピアノはその時の“つどい”で弾いたYAMAHAの初代CF(フルコンサート)です。弾いた、といってもバッキングです。なつかしい建物です。

今回の宿泊で持っていくのを忘れた石けんを現地で買いました。石けんだけでは売ってなくて、タオル、歯ブラシと歯磨き、そして石けんの「タオルセット」でした。この3点がジッパー付きの小さな白いビニールの袋に几帳面に入っていました。これで150円。タオルは薄め小さめでちょっと頼りないタオルです。でも、この150円の「タオルセット」の文脈を思うとただ事ならぬ波風が自分の中に立ちました。大量生産でそれなりの収益を上げているのかも知れませんが、そして、袋詰めは機械化されているのかも知れませんが、私は手作業でその作業をしている人たちの存在を想像してしまいます。1つ1円というような単価の仕事に携わる人たちのことです。時給に換算すると私の方がはるかに高いはずですが、でも、生活の糧という文脈では何ら変わりはありません。ワーキングプアとよばれる人たちを産み出す社会構造の“からくり”に気づかされます。

梅雨入り2日目にして早くも中休みで、この土日はアテンザの久しぶりの洗車とたまっている洗濯、そして、夏支度です。

Monday, June 11, 2007

今日からノーネクタイ

今日から半袖にノーネクタイで出勤しました。真冬でもTシャツ1枚で仕事をしていた私が6月までスーツを着ることになるなど想像もしませんでした。薄着だとボディラインが気になります。梅雨が明けたらロードレーサーで思う存分走りたい。

先週の木曜金曜と長野県千曲市に出張でした。長野県稲荷山養護学校は長野県産の唐松をふんだんに使った木造校舎で総工費は50億円とか。広い廊下と広い教室、充実した実習設備と、プランの確かさが随所に見られるものでした。2日にわたる研究協議はあっという間に終わってしまったように思いました。特別支援教育の進め方はそれぞれ県によってちがいはあるものの、特別支援教育に係る課題の本質は変わらないと思いました。外部依存型の組織は空洞化を生むという講師の言葉に頷いてしまいました。

長野は梅雨末期のような激しい雷雨もありましたが、山に続く丘陵地帯の緑がすごくきれいでした。思えばこの季節に信州に行ったことがありません。湿気が多い日で遠景は靄がかかったように見えて、写真に撮ってもいまひとつなのが残念でした。

今回携行したカメラはボディがEOS Kiss Digital Xを1台とレンズはTamuron XR DiⅡ 17-50mm F2.8の1本だけです。とにかく荷物を少なく軽くしたかったのでこの組み合わせでしたが必要十分でした。メディアは1GのCFカードが1枚で、M FineとL Fineを使い分けて100枚ほど撮りましたが、M Fineであと200枚近く記録が可能でした。バッテリーは残量表示がひとつも消えませんでした。キスデジはボディに手振れ補正機能がありませんが実用上の問題は私は感じません。むしろ、レンズやカメラの資質で云々したいと思っています。あと、サイズも大切なファクターで、今回の出張の立ち回りのスピードもカメラに助けられたこと多々ありです。

昨日の日曜日は松阪市サマースクールのボランティア養成講座第2回と日曜日のポコ・ア・ポコでした。ポコ・ア・ポコは子ども(8家族)よりも見学の方が多いという初めてのケースとなりました。見学といってもミュージック・ケアのプログラムに全員参加です。子どもたちがいつも通りのセッションを見せてくれて見学の方も満足度120%といったところでした。満足度といえば、午前中のボランティア養成講座は満足度200%でした。テーマは「自閉症の理解を深める」で、「広汎性発達障害は、発生機序も未だに解明されていませんが、人間存在の根源をなすものについての示唆を与えてくれる興味深い障害」(石川2000)という文脈に共振するものでした。

Monday, June 04, 2007

スローな時間

この冬のことだったか、文学や車、旅のことを書いている個人のサイト「蒼穹の回廊」をヒットしてブックマークに入れておきました。車は赤のアルファロメオで、昨日、そのページを久しぶりに見たらバックによく知っている建物が写っていて驚きました。私が卒業した高校の近くの美術館です。URLを確かめると私が育った地元のブロバイダーでした。コンテンツから思うところ、文学と語学に相当詳しい。誰…ということも気になりますが、これほどの物を書く人が同じ地方に住んでいることがなぜか心強く思われます。昨日は団地の一斉清掃が雨で始まりが遅くなったのでしばらくそのサイトの文章を丹念に読んでいました。いちばん驚くことは読書量です。それだけ本を読む時間があること自体がうらやましい。仕事かも知れませんが…。それにしても、本好き、車好き、バイク(自転車)乗り、ジャズ好き、猫を飼っていることまで同じなのでますます興味津々です。久しぶりにウィントン・マルサリスの「Black Cords」を聴くことにしました。

今日はこの土曜日の振替休日で、個人病院と総合病院に小一日いました。個人病院はまるでリゾートホテルのようなエントランスを入るとそこは杉材に囲まれた空間でした。木の香もいいけどやわらかな色彩に和みました。所々にふくろうの木の置物があってこれが可笑しい。ついつい目を円くしてふくろうたちの前に行ってしまいます。残念だけどそこの用はほどなく終わってとなりの市の総合病院に行きました。最新の検査機器が備えられた花崗岩の新館は、ここも病院ではなくホテルと見紛うほどのやわらかな色彩の空間でした。ここで4時間近く、本を読んだり、フランクリンコヴィーを開いては仕事の段取りをあれこれと思案したりしていました。“スロー”なひとときを堪能しました。

バイブルサイズはプランを練るにはやはり狭いなと思いながらも当面の段取りを整理することができました。40mmのリングは4月〜8月の5か月分のデイリーと1cmほどのリフィルを挟んでほどよくいっぱいです。40mmのクラシックサイズがあればいいのにと思う。それにしても“M.モゥブレィ デリケート クリーム”のなんと香しいことか! これはイタリア生まれとか。私のバインダーもたしかイタリアの革です。イタリアの歴史の深さを思います。これも“スロー”な時間の賜物だと思います。

朝、アテンザのトノカバーを引いたら戻らなくなってしまって固定できなくなりました。仕方なくカバーを荷室に垂れたまま出かけることにしました。月曜日はディーラーは休みの日だし直すのも安くはないだろうなと思いつつ走ってルームミラーを覗くとリアウインドウにポコ・ア・ポコで使うグッズの袋が映って目障りだ。ところが、トノカバーがギシギシと軋んでいた音が全然しなくなったのですごく快適なのです。要は荷物がウインドウに映らなければいいのだと気がついて、帰りに黒の布を2m買ってきました。トノカバーの軋み音がしなくなったアテンザで聴いたのはマルタの「サマーベスト」で、からりと晴れた青空の下、麦秋と青田のコントラストが際立って鮮やかに見えました。梅雨入り前の光はこんなにも透明だったのかと初めて知ったかのようです。

iTunesを7.2にアップグレードしたらデザインがまたソリッドになってしまって慌ててAqua4Tunesも最新バージョンの3.2をダウンロード、やっといつもの“顔”に戻りました。