Saturday, December 30, 2006

大掃除の文脈

新年のポコ・ア・ポコのご案内がようやく発送となりました。葉書1枚なのにいつも文面に全力を注がないとできません。言葉は私にとってデザインです。言葉にならないパラダイムに言葉でアプローチしているつもりです。それだけに時間がかかります。

先日、2階のクローゼットをのぞいてはっとしました。これは今日着たスーツなのにどうしてここにあるんだろう…もしかして同じスーツを買ったのだろうか? 居ても立ってもいられなくなって1階からその日に着たスーツを2階に持って上がりました。電気をつけてよく見るとほんの少しちがう。メーカーは同じですが品番はちがいました。それにしてもいつ買ったのだろう。スーツは仕事の帰りに半ば衝動的に買うことが多い。ただ、確かなことは、黒系よりも濃紺のスーツを買うことが多くなったことです。リクルートスーツでさえ黒系が多くなってきている中、あまのじゃくの私には濃紺の引力が魅力です。

先週、暗くなってからMPVのタイヤをスタッドレスに交換しました。十字レンチでの手作業なので1時間かかりますが、1本1本自分で締めていくので身体が納得します。今年はニュータイヤなのでフレッシュなゴムのにおいがします。これが意外に嫌なにおいではありません。走ってみるとアクセルのオン・オフで不安定になりました。空気圧を確かめると左前が0.2kg足りない。2.4kg指定のところを2.6kg+αにそろえると直進もカーブも安定して走りました。挙動がおかしい車はまずタイヤの空気圧を疑うこと! アテンザのタイヤ交換は大晦日になりそうで、今回は真紅のスペーサーを入れてみます。オリジナルのオフセット+3mmでベストバランスだと思うのですが安全性に不安もあります。

この年末の大掃除はいつになく拭き掃除に力を入れました。水拭きです。新建材に水拭きは禁物ですが、年に1回はいいだろうと、硬くしぼった雑巾でなんでも拭いてしまいます。「丹精の薔薇を切る園丁の瞳」(村松英子「欲しい」)の私です。感覚統合の文脈なら、「雑巾で力を入れて拭くことで固有覚が刺激されてボデイイメージの形成につながり、拭く物の素材のちがいからくる感じ方のちがいが外界の認知のキャパシティを広げる。そして、拭くことの前後の視覚情報も相俟って達成感を獲得する。」そんなところです。少なくとも満足感はありました。

Sunday, December 24, 2006

Believe

前任校で担任させていただいたお子さんが13歳で亡くなりました。告別式での現担任の言葉「・・・作ってくれたつながりを大切にしていくことを約束する」このことの意味の深さと重さを、私たち障害児教育に携わる者は社会に向けて情報発信していかなければならない。子どもの死は何よりも悲しい。もう何回目なのだろう・・・

iTunes STOREでNHK「生き物地球紀行」サウンドトラック「Believe」を試聴して冒頭のソロに惹き込まれました。子どもの声です。オリジナルは今まで知りませんでした。知っていたらシンセサイザーの打ち込みもちがうものになっていました。その歌声はトレーニングした声ですが、持って生まれた声質は変わりません。聴くと幸せになる声、風のような声、すっと心に入る声、私の好きな声がまたひとつ増えました。

Sunday, December 17, 2006

僕のコダクローム

この12日、「うちの食卓」というブログに「ドライいちじくのパウンドケーキ」のことがアップされました。いちじく、と聞くといつも思い出す人がいます。前任校の同僚のお母さんですが、昨日、そのかつての同僚と思いがけなく話をする機会がありました。時間は短かったものの、お互いのそれからと今、先のことなど、確かめ合うように話をすることができて、自分自身の在り様を見出すようなひとときでした。

映画「レナードの朝」を久しぶりに観ました。この映画の原作と出会ったのは6年前、神奈川県三浦半島の書店で、それこそ私は貪るように読みました。今回、久しぶりに観て、映像や台詞がさまざまな示唆に富んでいることにあたらめて気づきました。行き着く思索と議論は人生についてです。ひとりひとりの人生は自ら紡ぐもの、物語、ナラティブは自ら綴るものであり、社会の制度が成せることと成し得ないこと、他者が人と人との関係において成せることについて、皆、知恵を合わせるときが来ているのではないのだろうか。

KodakのサイトでエクタクロームE100VSとコダクロームが生産終了となることを知ってカメラ店に寄りました。E100VSは3本組が1パック、コダクロームは3本組が4パックありました。今、どちらで撮るべきか!? それはコダクロームです。パッケージに「重厚な色彩」とキャッチコピーがあります。あの深いコダクロームの色は古色蒼然としてますが来春には手に入らなくなります。唯一の外式のリバーサルで、たとえ買い溜めても現像できなくなるでしょう。サイモンとガーファンクルの歌に「僕のコダクローム」があります。私も今更ながらの“僕のコダクローム”です。

Friday, December 15, 2006

消え行く銀塩フィルム

障害学に関連して調べものをしていて立命館大学臨床人間科学オープンリサーチセンターのサイトをヒットしました。学術フロテンィア推進事業プロジェクト研究シリーズのリストは気になるものばかりで、早速何件かダウンロードしました。「臨床の知とケアの理論のために」(中村正)、「心理学からみた質的研究」(サトウタツヤ)、「ナラティブ・ベイスト・メディスン〜医学と人間科学のコラボレーション〜」(斎藤清二)等々、拾い読みするだけで私が求める言葉がそこここにたくさんあります。ここでも身体(からだ)が重要なキーワードのひとつとなっていました。「対峙する『こころ』と『からだ』〜性同一性障害の当事者に聴く〜」(上川あや、山路明人、聴き手:中村正)を読んでいて、心と身体の関係のアンバランスが人に与える影響の構造のようなものが、ふとわかったように思いました。自分の身体が自分のものでないような感じ、それは、自閉症スペクトラム障がいの様相のひとつであろうことは定説になってきています。思索は深まるばかりです。

NHK-TV番組「世紀を刻んだ歌〜明日に架ける橋〜」でこの曲を聴いて、サイモンとガーファンクルが聴きたくなってベストアルバムをレンタルしてきました。CDの録音は当時のもので、これはこれで好きですが、私はセントラルパークでのコンサートがいちばん好きです。リズムの刻みや音作りが整っていてすっきりしているのに二人の歌は吟遊詩人の刹那と悠久のイメージを彷彿とさせるものがあります。スティーブ・ガットのドラムもすごい。

ところで、この番組の案内役は緒川たまきさんで、OLYMPUS OM-2で写真を撮っています。レンズは単焦点の50mmF1.2かも知れない大口径です。イギリスのローズガーデンを案内するNHKの10年くらい前の番組ではOLYMPUS PENを使っていました。カメラの腕もなかなかです。同時代なのに時の流れの向こう側にいるような彼女は不思議な魅力があります。脳科学者の茂木健一郎氏も彼のブログに似た印象のエピソードを書いています。

PENTAX FA35mmF2が届きました。FAレンズ最軽量のわりに大きくてちょっと意外ですがMZ-30とのバランスは絶妙です。フィルムはどれにしようかと、これはあれこれ思案することが楽しみです。FA35mmF2はKodakのエクタクロームE100VSで撮ってみたいと思って調べると、なんと、すでに製造が終わっていました。コダクロームも在庫限りとのこと。FUJIFILMもラインナップが少なくなっています。予想外の速さでフィルムがなくなってきていて驚くばかりです。しかし、いちばん驚いたのは、FUJIFILMが化粧品を発売したことです。写真や映像で蓄積した技術の応用なのだろうか?

Monday, December 11, 2006

FA35mmF2

今日は朝から地元の行政機関をいくつか回りました。メールでの迅速な連絡やていねいな説明など見習うべき対応で、「伊勢湾水質汚濁防止法に基づく総量規制」等への対応の手続きも早く終わりました。そうそう、県庁舎のエレベーターでは各階の案内から教育事務所の名前がなくなっていてさみしく思いました。

PENTAX FZ-30のレンズをあれこれ考えていたところ、ネットではFA43mmF1.9LimitedよりFA35mmF2の方が評価が高そうで、35mmという画角も使い勝手がいいのですが、このFA35mmF2が急速に品薄になってきていることがわかって急いで注文しました。ネットのショップも軒並み売り切れで、やっと見つけて注文したら最後の1本だったらしく、翌日には「メーカー在庫切れ入荷未定」という表示になっていました。この期にこの1本は幸運です。“隠れスターレンズ”といわれる描写が楽しみです。今週、届く予定です。昨日は黒のキルティングの布を買って来ました。キルティングの袋に入れたFZ-30をバッグに放り込んで街歩きです。そんな時間は年末年始の休暇までありそうにありませんが…(>_<)

新年の1月から3月は土日のスケジュールがどんどん埋まってしまい、加えて会場の都合もあって、1月の日曜日のポコ・ア・ポコは7日日曜日になってしまいました。でも、よく考えると、冬休みのウインター・セッションは新年の4日からしていました。来月はミュージック・ケア総合研修三重会場も始まって充実の年明けです。何か見つかるかも知れません。

Sunday, December 10, 2006

ポコ・ア・ポコの空間

12月の日曜日のポコ・ア・ポコは9家族のみなさんに来ていただきました。1年のまとめ、ということではないと思いますが、いつにもまして胸のすくような終わり方で、みんなで“静”を感じることができました。また、シャボン玉の「野ばらに寄す」と「典子は今」、カップの「ガボット」、そして、ボールの「詩人と私」は、曲の長さと動作がちょうど合って、これも胸のすくような終わり方に寄与していました。その構造感をしっかり感受する子どもたちは素敵だ。ポコ・ア・ポコの空間は、子どもたち、きょうだい、お母さん、お父さん、スタッフの間の絶え間ない“やりとり”の調和で成り立っています。私が前もって準備できることはその何割もありません。その場その時に適切に反応する自分になれるようにと、それが次のポコ・ア・ポコへの私への宿題です。

週末は映画のレイトショーに行って「トゥモロー・ワールド」を観ました。映画のテーマはさておき、私がずっと気になっていたことが2つあります。スクリーン全体が絶えず揺れていることに始まって間もなく気づきました。カメラは手持ちなのだろうか。パンもぎこちない。ところが不快な感じはありません。コンピュータ処理で意図的に1/fのゆらぎを加えているのかも知れません。何にしてもこれは意図的な制作スタイルと考えられます。あと、主人公がコートを着ているシーンが多いのも印象的でした。

家でCDなどを聴くオーディオシステムがずっと故障したままだったのですが、やっと、MDも使えるシステムに新調しました。ほどほどのスピーカーですが、ヘッドホンではなく、部屋の空間に音楽を静かに流して過ごす夜はいいものです。1月に1回のポコ・ア・ポコで聴く「またね」とちがう文脈の音がします。聴きたい音楽によってオーディオシステムを選ぶこともありだと思います。

夜、NHK-TVでワーキング・プアの特集を観て愕然としました。日本はすでに文化国家ではないのかも知れません。

Sunday, December 03, 2006

BOSEの音に耳を傾ける

朝から四日市に行く用があって車で家を出たものの、行き先は近鉄四日市駅から近いところなので伊勢中川駅から近鉄電車に乗って行く事にしました。電車は急行でも速い! 45分で四日市駅に着いて、時間があったのでスターバックスで一息入れました。マグカップのカプチーノをテーブルに置くと心地いい乾いたエレキギターの音が聴こえてきて、天井を見上げるとBOSEのスピーカーがありました。アメリカの音、なのでしょう。

都ホテル前の公園ではフリーマーケットが店を並べていました。カメラを並べた店でPENTAX MZ30の未使用を見つけて一思案。MZ30はPENTAXのフィルムカメラの忘れ形見のようなモデルです。それほどマニアックでもなく、それほどエントリーでもなく、ほどほどに作品作りができる機能があってコンパクト軽量、MZシリーズのしっかりした基本性能を受け継ぐモデルなら持っていていい1台です。メーカー希望小売り価格の85%引きで買いとなりました。フィルムバックのデートは「06 12 03」と今日の日付を示していました。次はレンズか…FA43mm F1.9 Limitedしかないではないか!

家に帰って、劇で使うドアを作りました。一気に作りましたが、仕上げの把っ手を付ける頃は真っ暗でした。完成したドアはベニア板1枚の大きさで、枠は2×4の木材で頑丈にしました。しばらく眠っていた電動工具は文字通り目覚めたようでした。刃と木のキーンという摩擦音やモーターの振動は私の職人気質を目覚めさせました。物作りはおもしろい。

週末にビリー・ジョエルが来日したニュースで今の彼を見てその老けぶりに驚きました。年相応なのですが、歌が若くて声とは不相応です。彼のCDを探して家を出しました。久しぶりに彼のアルバムを聴きました。アテンザのBOSEで聴くビリー・ジョエルはアナログ録音のあのやわらかい音がしました。